連載:ESRは“注文の多い”測定装置?(2)ESR測定法を習いましたか?

筆者はESRを主力とする研究室で有機合成、試料調製(ガラス細工と真空技術など)、ESR測定と解析に関する様々なトレーニングを受けました。しかし、ESR装置の使用法を先生あるいは先輩に習ったかどうか記憶がはっきりしません。そういえば、ESRの使用法のマニュアルも研究室には存在しなかったように思いますが、多くの補助線とg値の計算式が鉛筆で記入された諸先輩方のESRスペクトルが蓄積されていました。

学部生の頃に自分が準備した“とある分子”のESRを先生に測定して頂く機会がありました。測定中の筆者の役割はESRスペクトル1枚ごとに日付、試料の構造、溶媒、温度、反応(etc.)さらには装置の条件設定(中心磁場、掃引幅、変調幅、次定数etc.)の全てを鉛筆で記入することでした。当時のESRスペクトルは方眼紙のロール紙(絶滅種)にXYレコーダー(これも絶滅種)で記録していましたので、ESR装置の設定値を素早く読み取って鉛筆で記入しないといけません。一連の設定値を記入する役割は地味ですが、測定の意図に沿った設置値などが見えてきます。測定条件の記入係はESR測定法を理解するために最良のトレーニングであったように思います。

測定の合間に、筆者が“とある分子”を合成した目的、位置づけ、ESRスペクトルの意味合いなどの解説とESRパラメーターの解析位置などの説明を受けます。測定が終わるとグルグル巻きのロール紙を手渡され、翌日までに全てのスペクトルからESRパラメーターの解析を託されます。先輩のスペクトル解析を参考にして、RESR信号に補助線を引き、物差しで長さを測り、物理定数と計算式をスペクトルに記入しながらg値やA値などを計算します(間違いを点検するためです)。測定と並行してESR基礎理論のゼミが行われますので、次第にg値やA値などの物理的な意味と研究目的などが分かるようになります。

当時のESRスペクトルの多くは赤インクペンで記録していましたから、学会や論文発表用にロットリングペンでスペクトルをトレース(ほぼ絶滅)します。自分で記録したスペクトルを綺麗にトレースする作業は大変ですが、その反面でスペクトルに一種の愛着がわいてきたものです。デジタル化していない時代には、全ての作業に手間がかかりましたが、ESRスペクトルを丁寧に眺めて色々と妄想する時間がありました。このようにして、ESRの測定条件設定と解析と通してESRスペクトル馴染んでいったように思います。

 現在のESR装置はデジタル化していますから、測定条件の設定はPC画面上で行います。ESRスペクトルデータも簡単にエクセルなどに移植できますから、拡大・縮小等も自由です。煩わしいトレースの必要もなくなりました。しかし、常磁性種のESRスペクトル特性に合わせた測定諸条件の最適化には、依然として観測者の知識と経験が求められています。ESRは観測者に“注文の多い”測定装置なので、ESR測定法を身につけるには専門家と一緒に測定するのが最も効果的です。拙稿では「良いESRスペクトル」を記録するためのコツをわかりやすく紹介しますのでお付き合い下さい。